D-アミノ酸は、細菌の生育には必須であるが、真核生物での役割はほとんど知られていなかった。しかし近年、遊離型D-セリン(D-Ser)が哺乳動物の脳に分布し、NMDAレセプターのアゴニストとして働くことが示唆されたことを契機に、D-アミノ酸の真核生物での機能が注目され始めている。この問題の解明には、D-アミノ酸の生合成機構の解明が肝要であるが、本研究を開始した時点では、D-Serをはじめ真核生物でのD-アミノ酸の生合成経路は明らかにされていなかった。一方、蛹化前後のカイコ(Bombyx mori)の血リンパに遊離型D-serが存在し、その生合成にラセマーゼが関与することが示唆されていたが、酵素の実体は不明であった。本研究では、動物におけるD-Ser生合成経路の解明の第一歩として、カイコのセリンラセマーゼの精製と性質について検討した。セリンラセマーゼは、カイコ踊の粗抽出液から、硫安分画、DEAE-およびブチルトヨバールカラムクロマトグラフィーにより部分精製した。得られた標品のL-およびD-serに対する比活性は、それぞれ1.1x10@@S13@@E1、2.4x10@@S1-3@@E1u、至適pHは、8.5、9.0であった。本酵素はNaCNBH@@S23@@E2やフェニルヒドラジンにより阻害された。またヒドロキシルアミン存在下での透析により失活した酵素は、ピリドキサールリン酸(PLP)の添加により完全に活性を回復した。本酵素は、L-アラニンに対して、L-Serの6%の比活性を示し、低基質特異性アミノ酸ラセマーゼの基質であるL-アルギニン、L-グルタミンには作用しなかった。以上の結果、本酵素は、真核生物において初めて見出された、セリンに特異的なPLP依存性ラセマーゼであると結論された。本酵素の活性は蛹化や羽化の際に特異的に上昇することから、酵素発現と変態との関連が考えられた。
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