(a) 高等動物の生体内情報伝達を行う脳・神経内分泌組織中には神経伝達物質の貯蔵と放出に携わる小胞(生体アミン含有小胞、神経ペプチド含有小胞等)が存在する。これらの小胞膜では膜貫通型電子伝達素子チトクロムb561が細胞質アスコルビン酸から小胞内に存在する銅含有モノオキシゲナーゼへの電子伝達を行っている。この電子伝達はノルアドレナリン・アドレナリンなどの生体アミン、種々の視床下部・脳下垂体由来神経ペプチド、サブスタンスP・VIP・NPYなどの消化管ホルモン、等の脳・神経伝達物質の生成に必須であり、それらの貯蔵・放出において重要な役割を担っている。このチトクロムb561を脳神経組織と同じく外胚葉に由来する、ウシ副腎髄質組織より高純度・大量に精製する方法を確立した。精製した標品中には1分子中に2個のヘムBが結合していることを見出した。これは従来提唱されていた1分子中1個のヘムBという値とは完全に異なり、電子伝達機構の根本的な見直しが必要なことを示している。 (b) ヒツジ、ブタのチトクロムb561 cDNAクローニングよりアミノ酸配列を明らかにした。すでに知られているウシ、ヒト等の配列と比較検討した結果、アスコルビン酸・セミデヒドロアスコルビン酸結合部位と思われる2つの保存性アミノ酸配列領域が細胞質側、小胞膜内側にそれぞれ存在することを初めて見出した。また2つのヘムBの結合部位も2つの保存性領域近くにそれぞれ存在する事を提唱した。 (c) それぞれのヘムBがアスコルビン酸・セミデヒドロアスコルビン酸との電子伝達反応において、電子受容、電子供与という特異的役割を持つことをパルスラジオリシス法により解明した。またDEPによる特異的化学修飾等によりそれぞれの反応を特異的に阻害できることを明らかにした。 (d) 一次構造の比較から、アスコルビン酸・セミデヒドロアスコルビン酸それぞれに対する結合部位と考えられる2つの保存性領域を見つけ出したが、これらの部位の生理的機能を解明し、分子全体の高次構造を推定するために、より下等な中枢神経系を持つ生物種、或いは生物学的に疎遠な生物種(例えば植物)との一次構造を比較検討している。最近、扁形動物プラナリア及び植物シロイヌナズナのチトクロムb561 cDNAのクローニング・塩基配列解析に成功した。 (e) 現在、理化学研究所・播磨研究所 神谷信夫博士、朴三用博士との共同研究により、ウシチトクロムb561の結晶化を試みている。高分解能X線結晶解析に耐え得るような良質の結晶の作製を目指している。
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