研究概要 |
(1)パルスラジオリシス法によるMDAと還元型チトクロムb561との電子伝達反応解析を行った。ミリ秒領域ではMDAは還元型ヘムを酸化し、秒領域ではAsAによる酸化型ヘムの再還元が見られた。MDAによる酸化はpH5.5で最大の値を示し、pHが上昇すると速度は減少した。一方、AsAによる還元は中性付近で速度が最大となった。このことは、2つの電子伝達反応が異なる部位において行われていることを示している。過剰量のMDA存在下でも全ヘムの半分しか酸化されず、半分のヘムのみがMDAとの反応性を持つことがわかった。 (2)酸化型チトクロムb561をDEPCで処理すると、AsAからの電子伝達が阻害され、ヘムの還元速度が顕著に低下し約半分のヘムしか還元されないことがわかった。パルスラジオリシス法によりMDAとの反応を調べると、還元型ヘムの酸化過程は未処理の場合と同程度であったが、続くAsAによるヘムの再還元過程は全く観察されなかった。DEPCによる修飾部位をtrypsin,V8 protease消化断片のMALDI-TOF-MSスペクトルにより解析し、His88,His161,Lys85の3つの残基が修飾されていることがわかった。細胞質側ヘムの配位子His88,His161の修飾が起こり、AsAからの電子受容ができなくなったと考えられる。以上の結果は、チトクロムb561中の2つのヘムは電子伝達反応において別個の役割を持ち、小胞内側に位置するヘムはMDAを還元し、続いて細胞質側ヘムからの分子内電子伝達反応が起こると、酸化された細胞質側ヘムは再びAsAにより還元されると思われる。 (3)下等な中枢神経系を持つプラナリア(扁形動物門)におけるチトクロムb561の全長cDNAクローンを得た。アミノ酸配列解析より、高等動物で完全に保存され機能的に重要な役割を持つと思われる2つの保存領域が、プラナリアb561においても完全に保存されており、高等動物において完全保存されていた6つのHis残基の内の1つがAsn残基に置換していることもわかった。 (4)植物(Arabidopsis thaliana)にもチトクロムb561類似のタンパク質が発現している。このタンパク質の一次構造を明らかにするためA.thaliana cDNAライブラリーから2種類のcDNAクローンを得、その全長配列を調べた。動物で見られた2つの保存性領域の内、細胞質側でAsAとの相互作用に関与すると思われる領域の保存性は良くなかった。小胞内側のMDAとの相互作用に関与すると思われる領域は良く保存されていた。6つの保存性His残基の内、プラナリアb561でAsn残基に置換していたHis残基が2つのクローンの内の1つではGln残基に置換していた。この結果はプラナリアb561 cDNAの解析結果を裏付けるとともに、植物のチトクロムb561は生理的役割が動物チトクロムb561とは異なる方向に分子進化したものであることを示している。
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