イモリ成体やトリの初期胚では網膜を実験的に(外科的に)除去すると、色素上皮細胞が増殖、再分化して網膜を再構築する。この過程は分化転換(trans-differentiation)と呼ばれ、色素上皮から水晶体が再生する過程で詳しく研究されてきた。 イモリ成体で見られる網膜再生は、いくつかの点でトリ胚やラット胚の場合と異なる。すなわち、トリ胚における網膜再生は、(1)FGFなどの栄養因子を外部から添加する事が必要、(2)初期胚に限定されて起こる、(3)色素上皮が再分化しない、の点でイモリの網膜再生の場合とは異なる。本研究の目的は、イモリと鳥類胚との相違点に着目し、その要因を調査することによって、網膜再生の機構を細胞系譜と制御因子の2点から研究することである。そのために、まず、これまでのイモリと鳥類胚との実験的アプローチを整理する必要がある。つまり、イモリに関しては培養実験系がなく、一方、鳥類胚ではむしろ主として培養実験系を解析手段としていた。そこで、イモリ色素上皮の培養システムを新たに開発し、その結果を鳥類胚の場合と比較検討することによって、これらの現象の統一的な理解を目指した。鳥類胚に関しては、ウズラシルバー突然変異の研究をおこなった。この変異では、胚発生過程で色素上皮の特定の部分が網膜へ分化転換する。この原因を明らかにすることができれば色素上皮と網膜の分化の決定と安定化の機構を調べる上で、重要な知見が得られると考えられた。 以上の研究と並行して、網膜の発生に関する研究をおこなった。すなわち、網膜の再生をより理解するには、発生過程において眼胞から網膜と色素上皮の領域が決定、分化する過程を理解することもたいへん重要であるとの認識のもとに、眼胞発生における背腹軸の決定の機構を胚移植法によって研究した。主として眼胞の背側部が色素上皮に、先端部および腹側が網膜に発生することから、背腹軸の決定がこれら組織の発生に重要であることは間違いない。具体的には、いつどのように背腹の方向性が決まるのかをトリ胚の眼胞を逆転移植するという手法を用い、その後の発生を追跡した。
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