D-アミノ酸酸化酵素欠損マウスでは脳内のD-アミノ酸が増加している。D-セリンはNMDA受容体のグリシン結合部位に作用し、NMDA受容体電流を増強すると言われているので、D-アミノ酸酸化酵素欠損マウスにおいてNMDA受容体を介するシナプス伝達に変化がみられるかどうかを調べた。D-アミノ酸酸化酵素欠損マウスと正常マウスの後肢にホルマリンを皮下注射し、その疼痛刺激に対する反応の継続時間を計測した。この反応の第2相は脊髄内のNMDA受容体の活性化を介することが知られているが、この反応はD-アミノ酸酸化酵素欠損マウスで有意に増強していた。次に生後3〜4週令のマウスの脊髄を摘出し、スライスを作成し、抑制性シナプスをブロックし、周辺の神経線維に電気刺激を加え、誘発される興奮性シナプス電流をNMDA受容体を介する成分とnon-NMDA受容体を介する成分とに分離し、ニューロンのホールセル記録を行った。その結果、D-アミノ酸酸化酵素欠損マウスにおいて興奮性シナプス電流のNMDA成分とnon-NMDA成分の振幅の比が有意に大きな値を示した。これらの結果からD-アミノ酸酸化酵素欠損マウスでは中枢神経内のNMDA受容体を介するシナプス伝達が正常マウスに比べて活性化されやすい状態にあり、その結果として慢性疼痛刺激に対する反応に変化が生じていることが示唆された。 D-アミノ酸酸化酵素欠損マウスと正常マウスを用いてモーリス水迷路の実験を行った。その結果、D-アミノ酸酸化酵素欠損マウスの方が、プラットフォームに到達するまでの時間が長いことがわかった。モーリス水迷路の空間認知には海馬のNMDA受容体が重要な役割を担っていることが知られているので、この結果はD-アミノ酸酸化酵素欠損マウスでは脳内のD-アミノ酸の濃度が高く、それが海馬領域のNMDA受容体の興奮伝達に影響を及ぼしているものと考えられた。
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