本研究では、P1フアージのCre組換え酵素(Cre)とloxP配列の部位特異的組換えシステムを利用し、結節性硬化症原因遺伝子であるTsc2遺伝子のコンデイショナル・ジーンターゲテイングの実験系を確立した。まずエクソン3と4を一対のloxP配列で挟んだ潜在型変異Tsc2アレルを持つマウスの系統を樹立した。潜在型変異アレルからCreの働きにより誘導したエクソン3-4欠失アレルは、そのヘテロ接合体マウスが腎腫瘍を発生することにより、機能が不活化されたものであることが確認された。次に心室心筋細胞特異的にCreを発現する改変アレル(Mlc2v-Cre)を持つマウスとの交配により、Mlc2v-Creを持つ潜在型変異Tsc2アレルホモ接合体マウス、すなわち心筋特異なコンデイショナル・Tsc2ノックアウト(CKO)マウスを作製した。CKOマウスは外見上は正常に生まれて発育するものの、30週齢前後を中心とし、生後1年までの間に死亡することが明らかとなった。CKOマウスの心臓においては、loxP配列間での組換えによりエクソン3-4欠失変異アレルが生じていることが確認された。また、30週前後の個体の剖検により、CKOマウスには心臓の拡張が認められた。これらのいずれの症状も、潜在型変異アレルヘテロ接合体でMlc2V-Creを持つコントロールマウス群では認められなかった。組織学的にはCKOマウスの心筋においては細胞の肥大化、細胞の配列の乱れや核の形態の異常が観察された。またCKOマウスの心臓では、心エコーにより左室の拡張が観察され、不全心のマーカーである心房性ナトリウム利尿ペプチド等の発現亢進が観察された。これらの結果から、CKOマウスは拡張型心筋症の状態に陥っていると推察された。今後、CKOマウスの解析を通し、心筋を用いたTsc2産物の機能解析を進めたいと考えている。本研究で確立したコンデイショナル・Tsc2ノックアウトマウスの実験系は、Tsc2産物の機能の解明に有用なものであると考えられる。
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