前年度は「空間表象」という主題をめぐって19世紀後半になされた哲学、心理学等の議論を振り返り、現象学がそこで果たした役割の確認を行なったが、今年度は、20世紀の空間知覚論の考察を行なうための基礎作業を行なった。具体的には、まず、19世紀後半の自然主義の一形態としての「心理学主義」の内実を確定し、それに対して現象学が行なった批判の意義について、思想史・科学史的な観点から考察を行なった。次に、心理学主義を克服するために現象学が採用した「還元」という方法が、20世紀前半の心理学(ヴュルツブルク学派、ゲシュタルト学派)や精神医学(ボス、ビンスワンガー)にどのような影響を及ぼしたかについて、方法論的な観点から展望を得ることを試みた。こうした研究の成果は来年度以降に出版される予定である。さらに、20世紀の認知科学における〈計算主義〉と〈コネクショニズム〉との対立構図の概念的整理を行なうために、手始めとしてまず、フォーダー、ピリシンらの計算主義者が主張する心的言語の存在について批判的な分析を試みた。議論のための触媒として「カテゴリー」概念に着目し、思考の枠組みとしてのカテゴリーを哲学・言語学・認知科学がどのように捉えているかを概観し、言語の前提として現象学的な空間認知の図式が果たす役割の重要性を確認した。なお、計算主義者に対抗して提案された、コネクショニストやエマージェンティストのような新しい認知科学的立場の検討は、次年度以降に本格的に行なわれる予定である。
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