セルフヘルプ・グループ運動はアルコール依存をはじめとする何らかの個人的な悩みを抱えた人々のための、本来世俗的な運動である。しかし、グループでは「霊性」を体験するとメンバーたちが語るように、宗教運動としての性格をも具備している。この運動が総体として現代人に提示している倫理・宗教思想を明らかにし、その意義を検討することが、本研究の目的である。 調査者は、関東甲信越地区のAlcoholics Anonymous(アルコール依存症者匿名断酒会)に参与観察を続ける一方、国内の他のセルフヘルプグループの定期刊行物や書籍、米国における多くの先行研究を収集した。これらの読み込みは目下進行中であるが、資料の多さ故に完了にはもう少し時間を要する。 セルフヘルプグループの意義については、近代社会の変動に応じて個人がどのように変化しているかという観点から検討した。「霊性」の含意も近代において変容している。すなわち、“何らかの超越的存在を遠方に・抽象的に・曖昧に想定しつつも、直接そのような存在の臨在・顕現を認識するというよりは、むしろその力が遠隔操作的にきわめて人間的な領域に及ぶとみてとる感覚"と見なすべきである。調査者は特に、グループの特性やメンバーの心理と深く結びついた形で「霊性」があらわれるメカニズム、グループ内の人間のサイクルとグループ外部への倫理的行動の発現、断酒前後のグループメンバーの自己像の特異性に注目し、フロイト以後の精神分析思想の研究を踏まえて分析した。その成果は博士学位請求論文として東京大学に提出され、公刊が予定されている。 2月には、米国ミネソタ州のHazelden Foundationにて、米国におけるグループへの参与観察を行った。同じ近代資本主義の影響下にありながら、セルフヘルプグループの日米の差は小さくないゆえに、両者の文化的背景を考慮に入れた比較検討が望まれる。
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