1. 本年度の研究実績としてまず特筆すべきは、『太平記評判秘伝理尽鈔』(『理尽鈔』)の政道論を分析し、それが建設途上にある幕藩制国家の施策にどのような影響を与えたのか、思想家や民衆にどのような影響を及ぼしたのかについての、中間報告として『「太平記読み」の時代』という書物をまとめたことである。「太平記読み」を軸とした思想史は、これまで乖離してきた諸研究、(1)儒学・思想家研究、(2)民衆思想史研究、(3)仁政イデオロギー論を含む幕藩領主の意識・思想の研究、を統合するものであり、これにより思想史研究は新段階に入ったといえる。 2. 『理尽鈔』の影響下で作成された書籍の悉皆調査は、旧大名家の蔵書を中心に進めており、現在も継続中である。 3. 近世の政道書のなかで最も著名な『本佐録』・『東照宮御遺訓』の写本の悉皆調査も、旧大名家の蔵書を中心に進めている。『本佐録』については、古い写本は発見できなかったが、『東照宮御遺訓』については、内閣文庫所蔵本と、貝原益軒改訂本の中間に位置する注目すべき写本を、島原松平家の蔵書の中から見いだした。これによって『東照宮御遺訓』の形成過程の一端を伺うことができる。なおこの調査も現在継続中である。 4. 『本佐録』・『東照宮御遺訓』の内容分析及び『理尽鈔』の政道論との関連如何については、本年度はその前提となる『理尽鈔』の思想分析(上記1)に力を割いたため、充分な成果を生み出すことはできなかった。 5. 『理尽鈔』関連書籍及び『本佐録』・『東照宮御遺訓』の調査結果をパソコンに入力し、データベースを作成しつつあるところである。
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