本年度は研究計画の第一段階として、スペインの中南米植民地のうち、特にアンデス地域に関わる問題を中心に調査を進めた。アンデス地域はその地勢的、歴史的経緯から、中南米植民地のなかでも、キリスト教化、スペイン化の進行が比較的緩やかで、かつ伝統的土着文化との混交が活発に行われたとされる。この問題は美術史学においてもすでに注目されるところであるが、報告者は、聖母図像や特殊な天使像を手がかりに研究するなかで、そうした文化融合が、単純に視覚イメージの生成の場に生じただけでなく、むしろ本質的には、そのイメージの受容・伝達の場において重要な意味をもつものだったことに、着目するにいたった。たとえば太陽や月、あるいは蛇や人魚など、偶然にして西欧および植民地のそれぞれの文化に固有の出自をもつ象徴的モティーフは、優勢であった植民地支配層の美術表現の文脈で用いられたものにせよ、被支配層(=先住民ないし混血系住民ら)のなかば意識的な「曲解」により、しばしば土着文化の文脈に引きつけて解釈される。こうしたいわば「戦略的な誤解」は、植民地文化・美術を理解する上で重要な概念となりうると考えられ、現在、これについての裏付けとなる史料の収集と分析に務めている。しばしば多様な解釈を許す視覚表象を、どのように語り説明するかという問題は、しばしばその語り手のアイデンティティーに関わるものだが、それは一見客観的な記述の体系のかたちをとる、近代の美術史学の言説に対しても痛切な問題を提起する。美術史家は美術作品の意味を明確に確定しようとしがちだが、それは上に指摘したような多元的な解釈の場に存在した植民地美術の研究においては、外来者の独善となってしまう恐れがある。 本研究は以上のような認識をまず初年度の成果として整理し、次年度(最終年)の研究の方向性を定めることにしたい。
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