本研究は、新大陸植民地におけるキリスト教美術受容を系統的に明らかにするための基礎研究であった。昨年は研究の初年度として、ペルー、ボリビアのアンデス地域に出張し、資料の収集を図るとともに、その検討から、非支配者層(先住民・混血系住民ら)による、外来キリスト教的視覚イメージの「戦略的誤解」という概念を導き出した。本年は、その問題意識に基づきつつ、さらにメキシコの事例を視野に入れた調査を進めた。 その際、注目したのはメキシコに数多く残される植民地時代初期、16世紀の修道院フレスコ壁画群である。しばしば先住民画家の手で制作されたそれらの画像は、キリスト教布教の初期段階における支配者(布教者)・非支配者(改宗者)間のイメージ理解、あるいはその[誤解]の相をきわめて象徴的に示している。特に、デューラーの黙示録版画を主たるモデルとして制作されたことの知られている、テカマチャルコ修道院聖堂(プエブラ州)のフレスコ装飾は、ヨーロッパ系のイメージ源泉を、先住民の画家がどのように解釈し、時に改変したしたのかを知る貴重な資料である。そこには太陽神のイメージ、あるいは、身近な宗教指導者たる修道士の姿を借りて表象された、キリスト教の神の像が、きわめて直截にあらわされている。このテカマチャルコ修道院フレスコ装飾については、現在研究論文を準備中である。 以上のように、本研究では2年に渡り、アンデス地域およびメキシコについて、基本的な資料を収集するとともに、現地に出張して関係研究者との協力・連絡の体制を整えた。その成果に基づき、報告者は現在、ペルーおよび日本国内に関係する研究者を組織して、アンデス地域の植民地美術を主眼としたチームを編成し、より詳細な現地調査のための科学研究費(基盤研究B)を申請中である。
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