平成11年度は、写真刺激を用いたチンパンジーの自然物概念を調べる研究を継続しておこなった。成体メスチンパンジー4個体を対象に、特に「花」についての概念の表象様式を調べた。弁別訓練に用いた刺激の他に400の新奇刺激を用いてテストしたところ、いずれの個体でも有意な般化を示し、新奇刺激にも適用可能な花についての「概念」を獲得していたことが示された。しかし写真刺激をさまざまに加工して利用できる情報を限定したときに、成績に大きな個体差が見られ、その原因として個体ごとの固有な表象様式が示唆された。この成果は、ふたつの愛知県犬山市で行われた国際シンポジウム「類人猿の進化と人類の成立」(1999)及び「認知・言語の系統発生」(2000)で報告された。 また11年度には、成体メスチンパンジー5個体を対象とした、グループ成員の顔写真の認識についての研究をおこない、血縁個体同士は、他人同士よりも混同される確率が高いことを全ての被験体で確認した。この傾向は、刺激に用いたチンパンジーを熟知していないヒトを被験体とした実験でも同様に見られ、血縁個体の顔には、ヒトでもチンパンジーでも共通に認識できる知覚的な類似性が存在することが示された。この結果は、本年11月に行われる日本心理学会第63回大会で公表予定である。 なお、平成11年度には、「シンボル」理解に必要な認知能力と、その系統発生的な基盤についての考察をおこなった論文が、「心の比較認知科学」(渡邊茂編・ミネルヴァ書房)の中の一章として掲載された。この論文には、平成10-11年度に行われた研究の成果に基づく考察も含まれている。
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