本年度は、椅子に坐るという静止の状態と、姿勢の変化と運動がつくる動態という両方の視点から、身体イメージを探る研究をおこなった。前者にかんしてはヨーロッパで椅子が成立した中世時代から文字資料と視覚的資料を調査し、本研究費で購入したコンピュータをもちいてデータベース化し、分析をおこなっている。ヨーロッパ人の坐の姿勢を変化させるきっかけとなったブードーワールという女性の私室については論文を発表した。後者についても文字資料と視覚的資料をもちいてとくに20世紀前半のヨーロッパの身体イメージの変容をたどった。そのさい、サミュエル・ベケットの作品をとりあげ、ベケットの登場人物の姿勢と運動を分析し、口頭発表をおこない、また論文のかたちでも発表する予定である。 これらのヨーロッパ研究と平行し、東ヨーロッパ地域の坐の研究をすすめ、HRAF資料などから伝統的社会における坐の姿勢と坐具にかんする民族誌データを渉猟した。また、夏には南イタリアとギリシアで現地調査をおこなった。 その調査では、坐る「場」に着目し、日常生活や祭りなどの非日常世界の双方における「場」のなかの人間関係と坐の関わり、坐具と姿勢の関わりなどを検証した。そのさいとくに南イタリアの村の家における中庭がつくる親密な「場」と、ギリシアの伝統的な椅子兼寝台の「バシ」という具に注目した。その調査で収集したデータに基づいて、南イタリアの村で中庭にすわることが許される特権とその「場」の機能、およびバシのうえでギリシア人がとる半臥半坐の中間的な姿勢が形成する「場」について研究をおこなっている。これについては近く論文で発表するつもりである。また、授乳行為の調査もおこない、乳房文化研究会で口頭発表し、論文にまとめた。ここから東地中海地域の「オリエント」とのつながりについても研究をすすめている。
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