本年度は、次の2つのことがらについて研究を行った。1つには、大阪、名古屋、東京の3地区において、アジアの大衆文化の普及にかかわっている人々を訪問し、インタビューを行い、関係する文字資料を収集した。もう1つには、文化人類学・社会学・カルチュラルスタディーズなどの分野の大衆文化研究について、文献を調査し、研究動向・展望を俯瞰した。とくに前者の実地調査の過程においては、本年度以前より継続して行っている日本における香港の大衆文化の受容についての、流通・消費の産業場面での参与観察、関係者へのインタビューを中心に行った。そのなかで明らかとなったこととしては、近年起きているアジアの大衆文化の混交という現象がある。日本においてアジアの大衆文化は、学術的にも日常的にも、「日本文化」対「アジア文化」 (あるいは「西洋文化」と対比された「非西洋文化」)という対立として位置づけられる傾向があり、とりわけ香港の大衆文化に関係しては、それが「アジア文化」=「中国語圏の文化」として位置づけられてきた。しかしながら、文化産業の生産面で行われている協同作業は、日本・韓国・台湾・香港などの、日本を含むアジア各地のあいだで盛んに行われており、日本で大衆文化を楽しむ人々自身も、そのアジア内の協同作業から生まれた大衆文化を新たなかたちで消費しつつある。また彼らに商品を提供する日本の専門店においても、顧客の要求という点や流通ルートという点から、この脱地域的な状況を無視することができなくなっている。こうした現状は、理論的には、「アメリカ化」や「日本化」という単線的な受容のモデルを想定する傾向のある、「文化についてのグローバリゼーション論」に対して、新たな批評を加える可能性があるといえる。
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