本研究の具体的課題は、朝鮮李朝時代の紛争処理をめぐる在地慣行の中から、私和と復讐を取りあげ、その実態、在地社会における位置づけ、国家の法及び司法システムとの関係、歴史的推移等を明らかにすることにある。2年間の研究期間の初年度である本年度は、研究に必要な文献・史料の閲覧・収集とその整理分析をおこなった。以下、本年度おこなった研究活動・成果について概要を述べる。 私和や復讐に関わる史料には、『朝鮮王朝実録』『備辺司謄録』『承政院日記』など王朝編纂の基本史料、法典類、『秋官志』など判例集的なもの、地方官衙の裁判関係古記録、個人の文集・著書、個人宅に伝来する紛争・裁判関係の古文書・古記録などがある。本年度は、科研費補助金を使用して、こうした史料の収集につとめるとともに、その中から私和・復讐に関わる記事を抜き出す作業をおこなった。この作業は現在継続中であり、結論を提示できる段階にはないが、若干の得られた知見には次のようなものがある。 李朝後期の所志類等裁判記録をみていくと、この時期、民事的な事件に関わる私和は広範にみられ、国家の側もそれを追認、奨励する傾向があったこと。一方で、殺人など刑事的な事件に関わる私和もときにおこなわれていたが、国家はこれについては厳禁する姿勢をとっていたこと。また、この時期、復讐殺人に関する史料も残されているが、孝烈規範と司法制度とが衝突する問題であるため、その法的処理は一定せず、事例により様々な処置がとられていることなどである。 私和・復讐の性格をより明確にするためには、李朝前期からの歴史的推移をみていくことが必要であり、現在『王朝実録』中心に関係記事の抽出・分析を進めている。
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