本研究の目的は、「改良主義」とよばれる世紀転換期のイタリアにおける社会主義の思想・運動の特徴を明らかにすることである。とくに今年度は、「改良主義」の源流の一端を形作る人物として、オズヴァルド・ニョッキ=ヴィアーニ(1837-1917)とエンリコ・チェルヌスキ(1821-1896)に注目した。日本では、これまで両者に関するまとまった論考はなく、拙稿がほぼ初めての紹介である。 ニョッキ=ヴィアーニは、学生時代よりマッツィーニの影響下にイタリアの統一・独立および民主化運動に傾倒し、その後は民主派ジャーナリストとして活動した。が、印刷工労働組合結成への関与を機に、マッツィーニの国家統一(政治問題)優先主義を離れ、イタリア社会の実質的民主化、すなわち国民の権利、意識および生活の向上(社会問題)を重視するようになる。しかもニョッキ=ヴィアーニは、そうした社会問題解決の手段を、当時(1870年代)イタリアを席巻したアナーキズムのように非合法の蜂起に求めるのでなく、労働者の組織的運動と、労働者自身のイニシアティヴによる選挙・議会活動を通じてこれを実現しようとした。彼の考え方は、北部の労働者に多大な影響を与え、やがてイタリア社会党の母体となる「イタリア労働者党」により具体化される。 一方、チェルヌスキは、オーストリアからの独立を求めた1848年のミラノ革命で活躍し、後にフランスに亡命して大銀行家・経済学者へと転身しつつ、終生「共和主義」を貫いた。その変わらぬ「共和主義」は、当時のヨーロッパの政治・経済状況の変化とともに当初の革新性を失うが、彼の人生は、イタリア統一の思想的原動力としての「共和主義」が、後の社会主義の発展といかなる係わりをもったかを考察する手掛かりといえる。
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