本研究は、続縄文時代後半期以降の土器群の広域編年を目的にしているが、本年度は北海道中央部(道央)に分布する後北C2・D式、サハリンに分布する鈴谷式・江の浦式・南貝塚式についてデータ収集を行い、そのデータと、これまで筆者が蓄積してきた北海道北部(道北)・東部(道東)地域の併行する時期の土器群のデータと比較し分析を試みた。後北C2・D式土器については、土器器面の文様単位数としてこれまで4単位・2単位の存在が指摘され、さらに筆者は道東に「単位なし(なりゆきの割付)」が存在することを明らかにしてきた。今回のデータ分析によって、道央においても「単位なし」の例は存在するが、道東より著しく少数であることが明らかになった。その一方で、その他の土器の製作技法に関しては道央・道東で著しい差がないことも確認された。これらのデータによって、土器型式伝播の具体的なメカニズムの一端を明らかにすることができる。すなわち、文様割付単位の情報が失われていることから、後北C2・D式の「故地」とされる道央から、道東へ土器型式が伝播する背景として、人の直接移住の可能性が薄いことがまず想定できる。しかしながら、土器づくり・文様施文の詳細な技法が道央・道東で共有されている背景としては、土器づくりの場で両者の密接なコミュニケーションが存在することを念頭に置かねばならない。現代の観察者の目から見れば摸倣しやすいと思われる「文様割付の単位」という情報が、より模倣が困難であると考えられる土器成形・調整・施文の技法よりもたやすく失われてしまう事実は、「土器型式の伝播」のモデルを考える上で重要な問題を提起すると思われる。 一方、サハリンの土器群に関しては口縁部形態と文様要素についてデータ収集を行った。また、ロシア・ハバロフスク地方の研究者より、サハリン・アムール河口の土器のデータについてレクチャーを受けた。
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