九・十世紀は、平安時代においても同時代書写の国語資料が不足しており、この欠落を埋めるべく発掘調査の行なわれてきた訓点資料の他は、ごく僅かの仮名文資料しか知られていないのが現状である。九世紀の漢字仮名交じり文資料としては、『東大寺諷誦文稿』が公にされてから以降、他の文献資料は学界にはほとんどといってよいほど紹介されていない。 本研究は、この資料的欠落を埋めるべく、寺院経蔵の実地調査を行いこの文献群の発見に努めることから出発した。既に知られているものも書名のみか数行の引用がなされている程度であるので、これも全体に亙って詳細に調査することが必要と思われ調査を実施した。加えて、九・十世紀の漢字仮名交じり文の言語的特徴を解明するためには、下っての平安時代後半期、院政時代及び鎌倉時代の漢字仮名交じり文及び訓点資料の文献をも広く見渡すことが不可欠な手続きであるとの判断からこれも今年度の調査対象に含めることとした。 具体的には、国立国会図書館、神奈川県立金沢文庫、大津の石山寺、京都・高山寺、奈良・東大寺図書館等に所蔵の当該資料について実地に原本調査を進めた。原本調査は、書誌事項の詳細なデータを収集し、文字表記についての所見を記載し、語彙・語法の上で注目されるものについても言及して調書を作成した。さらに、許可が得られれば写真撮影も行なった。但し、予想以上に当該文献の解読は困難であり、仏教学の知見が不可欠との認識に達した。ゆえに、調書も不備な点のまま存することは否定できず今年度の調書の補正も次年度の計画に含めて、当該文献の実地調査を継続する予定である。
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