昨年度においては、研究課題に関連して、近代日本における「方言」認識の、時期による変化をとらえる理論的わくぐみの構築および諸資料の整理を中心的におこなった。「方言」という概念が、「標準語」という言葉の成立とともに明確化されてきたことが示すように、近代においては「標準語」を一対一対応という形でしか「方言」はその存在が認識されなかったのである。比較言語学的手法の導入などで「国語」の体系の中に「方言」は組みこまれていった。こうした対応関係をつくり、「国語」や「標準語」に国民国家運営の価値があたえられることで、「方言」は容易に、「遅れた」、「均質化を阻害する」存在へと転化した。その一方で、「古語は方言にのこる」という表現にみられるような、日本語の「歴史」の痕跡をのこす存在として、あこがれにも似た感覚で「方言」がとらえられていった。こうした認識の二面性の交錯の歴史が、近代における「方言」に関する言説の基底を形成していったのである。また、日本の植民地支配の中で、植民地異言語を日本語の「方言」として位置づけていく言説もあらわれた。言語学的な同系論ばかりではなく、使用領域に「方言」との類似性をみいだす論調も生じた。一方で、植民地の日本語非母語話者の日本語を「台湾方言」「朝鮮方言」と称して、とくにアクセントの面から日本語の「方言」体系のなかに組みこむ研究もなされていった。こうしたさまざまな言説の構造の歴史的変還を各論文において公表し、著作としてまとめたのが、今年度の成果である。
|