手沢本『湖月抄』をはじめ、『源氏物語玉の小櫛』稿本や『源氏物語年紀考』稿本など、本居宣長記念館などに多数現存する自筆稿本・写本など宣長関係文献を調査し、紙焼資料などを収集するとともに、手沢本『湖月抄』中の書入について、コンピューターを用いた解析を行った。その結果、手沢本中の朱墨二種類の校舎書入に代表される基礎的な本文研究が『源氏物語玉の小櫛』四の巻として結実していく様相を明らかにすることができ、『源氏物語玉の小櫛』五の巻以降における、特に本文に関する注釈の演鐸的手法などについてもその実相を把握することを得た。 また、『源氏物語』の作品世界に擬して書かれた小説『手枕』について、やはり自筆稿本や写本などの基本的な文献の調査・解析をふまえた上で、その作中における六条御息所と光源氏の原作よりも理想化された人物造型を検証した。その結果、同書の創作が、「物のあはれを知る」精神性を持つ男女の交情の物語の構築を通じて、『源氏物語』の主題を二者による感情の交流と共感の描写と見なす自論を確認するためのものであったことなどを究明することができた。 その他、『源氏物語年紀考』の自筆稿本や諸写本を解析することなどにより、彼の年紀研究成立の実態を考証する研究や、「物のあはれを知る」説を中核とする彼の文学論の全貌を掌握するための研究、さらには、宣長という人物にとって『源氏物語』という作品がどのようなものであったのかということのなどの追究など、幅広く宣長と『源氏物語』という古典との関わりについて考究した。これらについては、宣長の源氏学についてより総合的な探究を試みる、来年度の研究に繋がるものであると確信する。
|