本年度は、十一世紀後半から約二百年間流行した新興歌謡・今様について、その歴史的位置づけと、享受史について考察した。本年度前半は、昨年度末に端緒を得た、近代文学者と今様の関わりについてを研究対象とした。今様の詞章集『梁塵秘抄』は、鎌倉時代末まではわずかに見られた形跡はあるものの、長く埋もれており、明治末になって発見されたため、この書物の明らかな享受の跡をたどるには近代が対象となるのである。具体的には、菊池寛・川端康成を取り上げ、『秘抄』今様が両者の作品中でどのように扱われているかについて考察した。その結果は「菊池寛と中世歌謡」「川端康成作「船遊女」の公演をめぐるノート」に発表した。本年度後半は、今様が生まれ、変質していく様子を歴史的にたどることを研究目標とした。平安末期、猿楽と呼ばれる雑芸が隆盛をきわめたが、その猿楽芸と今様は密接に関わっており、今様によって猿楽の内容が推測される場合や、猿楽芸の身振りを想定することで、今様の理解が深まる場合もある。同じ時期に創作された絵巻物と今様の内容との類似を指摘することもでき、従来、ほとんど視野に入れられていなかった、絵画や演芸と今様との関わりの深さを明らかにし得る。この考察の結果は「猿楽と今様-『鳥獣戯画』にふれて-」として発表した。こうした、発生当時は滑稽な娯楽性を強くもっていた今様も、師資相承の場で様々な権威づけや秘説化をとげた。その変遷を追った考察は「今様「足柄」をめぐって」に発表した。
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