研究概要 |
本研究では、節構造と機能範疇の素性の変化という視点から、英語史における他動虚辞構文の発達について考察した。まず、動詞の一致形態素と時制形態素が独立していた古英語と中英語では2つの機能範疇AgrとTを含む節構造であったが、動詞屈折の消失により16世紀中にはIタイプの機能範疇を1つしか含まない節構造へと変化したことを論じた。次に、英語史において14世紀から16世紀頃まで観察されていた他動虚辞構文が、現代ゲルマン語のものと同様に2つの主語位置を含む構文であったことを明らかにし、この時期における2つの主語位置の存在がある種の受動虚辞構文の存在からも支持されることを論じた。さらに、英語史における主語位置の利用可能性に関する考察から、14世紀における主語代名詞の接語としての位置付けの消失が、AgrとTの素性内容に変化をもたらし、その帰結として[Spec,AgrP]と[Spec,TP]という2つの主語位置が14世紀に初めて利用可能になり、他動虚辞構文が出現したことを主張した。また、他動虚辞構文の消失は、動詞屈折の消失がもたらした16世紀における節構造の変化、特に利用可能な主語位置が[Spec,TP]1つだけになったという仮定により説明されることを主張した。もしこのような説明が正しいとすると、TPのレベルでの多重指定部を用いた他動虚辞構文の分析は支持できないことになり、Agrのような意味解釈に関与しない機能範疇を破棄するいう最近のミニマリスト・プログラムの方向性に疑問を投げかけることになる。
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