言語の音過程を類型論的な見地から捉えることが本研究の大きな目標である。今年度はフランス語、ドイツ語、日本語、ギリシャ語などの言語を中心とした通時的なデータ分析を統率音韻理論の枠組みで行った。注目した音過程は母音融合と母音の弱化現象であった。分析の結果、licensing(認可)の概念と、Complixity condition(分節音の複雑度に関する原理)がこれらの現象を捉える上でも重要であることが確認できた。ただし、本研究をとおして、今までの主張とは異なり、新たに以下のような点が明らかになった。 まず第一に、これまで統率音韻理論ではnucleus(核)内の認可の方向性は普遍的に左から右へ固定されているものである、と主張されてきた。しかし、データ分析の結果、特に母音融合の現象を説明する上では、例えば古期フランス語、ドイツ語、スペイン語は右から左へ、日本語、ギリシャ語、韓国語は左から右への認可、というように言語によって方向性に関するパラミターを設ける必要があることが明らかになった。さらに、伝統的な素性による分節音の表示ではなく、element(エレメント)を使用することで、これまでうまく処理することができなかったデータも他と同様に総括的に取り扱うことができるようになった。 本研究の成果は1999年4月、ギリシャで開催される国際シンポジウム“13th International Symposium on Theoreteical and Applied Linguistics"において発表予定であるが、各国からの研究者との論議をとおして音過程に関する理解を深めるようにしたい。今後は言語データをさらに増やしていき、「有標」な音現象が一般性の高い無標変化とどのような点で異なるのか、といったことを理論内の原理・パラミターを修正、改めながら明らかにしていきたい。
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