20世紀モダニズムにおけるオーストラリア表象を研究するにあたっては、D.H.ロレンスの存在を無視することはできない。ロレンスは、自身オーストラリアでの滞在をもとに重要な作品『カンガルー』(1923)を書いているのみならず、モリー・スキナーの『ブラック・スワンズ』(1925)に関しては助言という形で、『ユーカリ林の少年』(1924)に関しては合作という形で関わっている。また、オーストラリアのノーベル賞作家パトリック・ホワイトにはロレンスの影響が顕著である。従って、南太平洋異文化表象の歴史全体の諸特徴を整理するためには、ロレンスにとっての異文化、また、それとの出会いを可能にする「旅」とは何かをあらかじめ明確にしておく必要がある。 この観点から、本年度は、様々な「旅」のあり方を分析しロレンスやメルヴィル等英米作家の実践を高く評価するドゥルーズ=ガタリの著作を主に参考にして、『カンガルー』やその前作『エアロンの杖』(1922)を中心に検討した。その成果は、同年度6月に「旅行の表象論」を専門とされる高知尾仁氏(東京外国語大学・アジア・アフリカ研究所)を招いて開かれた第29回ロレンス協会シンポジウム(於北海道大学)で口頭発表し、それをまとめたものを『ロレンスと新理論』と題して刊行される予定の論文集に寄稿した。 『エアロンの杖』や『カンガルー』をドゥルーズ=ガタリの観点から分析すると、ロレンスにおける「旅」は脱領土化の衝動と再領土化の衝動に引き裂かれていることがわかる。この二つの衝動の分節化はロレンス作品のみならず他の南太平洋を扱った作品を分析する上で極めて重要な理論的前提となると思われる。
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