データーベースを用いて、日本語とフランス語の指示表現に関する例文を収集した。特に、「あの十N(名詞)」の例文とその翻訳のフランス語を対照することで有益な知見を得ることができた。予想通り収集した「あのN」に対する翻訳では指示形容詞つきの名詞ceN、定冠詞付きの名詞leNが主たるものであり、これ以外に単に人称代名詞のilを用いているものもあった。これらの表現に関して他の表現で代用できないかをインフォーマントチェックを行った。これにより、フランス語のceNが「あのN」の意味で用いられるためにはいくつかの制約が加わることがわかった。また、例文の収集により、日本語の「あの」に対応するフランス語のceNの中には先行詞が欠如しているこのがかなりみられた。一般的には指示形容詞は先行詞なしで用いられることはないとされているのでこれは新しい発見であり、その条件について考察する必要が生じた。 他方、固有名に関して、日仏語でそのふるまいに大きな違いはないが、日本語では対象が未知の場合には「田中という人」のような表現を用いる。従来フランスにおける固有名詞に関する理論としてKleiber(1981)があったが、これはフランス語しか考察していない。上述の日本語の性質を考慮することにより、より一般的な観点からKlieberの説に修正をせまることができる。筆者は様々な事実から、固有名の意味は指示対象の種々の属性であるという説を支持しており、この成果は1999年の国際ロマンス語学会で口頭発表した。
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