この研究の当初の目標は、言語理論、言語類型論の成果を取り入れたカパンパンガン語(Kapampangan)の分析であり、また、カパンパンガン語の文法(主に形態論と統語論)の包括的な記述であった。本年度は第一の目標を中心に、以下のような研究を行った。 第一に、ネイティブ・スピーカーのコンサルタントの協力で、テープに録音・保存されていた自然談話資料を文字化する作業を行った。この作業により、これまでより多くの談話資料が分析・検討の対象に加えられた。資料が充実したことにより、この言語の「接語」(clitics)と呼ばれる語と接辞の中間的性格を備えた要素のふるまいがより詳細に観察でき、細かな分析に耐えられるようになった。 また、収集した理論言語学と言語類型論の両分野の文献を参考に研究を進め、いくつかの分野で進展をみた。 まず、品詞(特に動詞、名詞、形容詞)の認定をめぐる問題については、カパンパンガン語(およびフィリピン諸語)の品詞の特徴を、類型論的な視点から整理することができた。 次に、節の構造については、他のフィリピン諸語と比べてカパンパンガン語で能格的(ergative)特徴が顕著であるが、その一方で、節の構造を等位的(equational)と見ることも可能である。この二つは、互いに排他的なものではなく、部分的に能格性が強く見られたり、等位性が強く見られたりする。今年度の研究で、特に複文構造(関係節と補文節)を考察した結果、能格性と等位性の両方の性質が見られた。すなわち、この言語の節構造を能格的あるいは等位的というように単一的に特徴づけることは現実的ではなく、様々な現象を分析してそれぞれについてふさわしい特徴づけをすることが重要である。
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