近代法学体系の樹立者フリードリヒ・カール・フォン サヴィニー(1779-1861)の私法学史上極めて重要な作品『占有の法』(1803)を精神史的に分析する作業ー作業結果はフランクフルト大学法学部に『個人主義を眼前に据えたドグマティク』と題する博士論文として提出予定ーが最終段階を迎えている。内容を要約しよう。第一に、近代法の基本的構想、例えば債権と物権との峻別、手続法と実体法との峻別などといったものは、すでにこの作品で誤解の余地なく明瞭に定式化されていることが明らかになった。第二に、サヴィニーの法思考の内容がこのように画期的であることの理由は、彼の思考が同時代に生成途上にあったドイツ観念論哲学、ロマンティク、といった、カント哲学の知的超克を目指す思潮と刺激的な牽連関係に立っていることによって説明される。 第三に、しかしながら、サヴィニーの法学は、まさに同時代最先端の個人主義をめぐる思想に積極的に関わりながら、表現の形式(フォーム)としては、思想の形を採るのではなく、閉じた、レトリックとしては≪伝統的な≫、法学的な表現方法を(新たに)確立することになった。「思想」も「実体」も決定打にはならない、常に法学的に解釈されなければならない、とされる。こうして、法学はある現実乃至理念の≪表現≫としてあるのではなく、法学それ自体がすでに一つの現実乃至理念である。因みに、今日の雑多な実務のニーズに法学の体系を適応させる、といった日本で横行する思考方法は、右に素描した法学的思考そのものの放棄として厳しく排除されることになろう。サヴィニーの『占有の法』は、個人主義が思想としての実質と魅力と説得力を失った時代に、なお一定限度で個人を保護することを目指す、すなわち法技術的に特定可能な人格侵害の態様から個人の人格を法的に保護することを目指す、一つの法学的技巧である。
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