まず、ヨーロッパ近代法学史上画期的な業績の一つである、フリードリヒ・カール・フォン サヴィニー『占有の法』(1803)の法理論的構造を、精神史的背景も念頭に置きながら分析・再構成した、ドイツ語で執筆された論文「個人主義を眼前にしたある法理論-フリードリヒ・カール・フォン サヴィニー『占有の法』(1803)の法理論的構造の再構成の試み」を完成させ、博士論文として、ドイツのフランクフルト大学法学部に提出した。この作品は、直接的には、次のことを論じた。すなわち、第一に、サヴィニーの占有論が、当時の通説とほとんど何らの接点も見出せないほど特異のものであったことを論証した。次に、そのような占有論がサヴィニーに可能であった前提として、彼が、当時同時進行的に生成しつつあったドイツ観念論哲学、およびその特殊なヴァージョンとしてのロマンティクといった、思想潮流と微妙に接近する必要があったことを論じた。第三に、しかし、サヴィニーの占有論は、思想に自覚的であったことゆえにかえって思想の無媒介な混入を避けえ、自然法的単純化に陥らず、法学的錯雑性を保ちつづけたことを、論証しようと試みた。この作品については、現在、博士号取得手続が進行中である。当初予定していたよりも、この作品の完成に向けた作業に多くの時間を割くことになったのが、遺憾ではある。 次に、日本の近代法学形成にも大きな影響を与えた、ドイツ19世紀のパンデクテン法学にかかわる文献の蒐集につとめた。元来、19世紀のドイツ法は、実務の場面においても、実体法規範には必ずしもあらわれない様々の原則が、「法学」Rechtswissenschaftの局面で彫琢されており、実務家もよくそのことを心得ていた。このようなドイツ法を内在的に研究するための資料的な条件が整ったということができる。
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