中小企業貸出や住宅ローンなど、個々の金融市場における公的金融の役割を考察する前に、本年度は公的企業そのものの属性について分析した。特に「契約の不完備性」という考えを利用して、どのような環境において国営企業の方が民間企業よりも望ましいのか、ということを分析した文献のサーベイを行った。その結果を要約すると次のようになる。政府が企業を国営化すると、その所有権が政府に移るため、政府はその企業の物的・人的資産の残余請求権を手にする。その中には企業内部の者にしか認知できない様々な情報も含まれる。例えば、経営者が行った投資の成否という情報を政府は知ることができる。そのため政府は企業に対して、社会的に最適な規模の活動を命令することができるが、その反面、経営者の投資に対する努力水準を下げてしまう。なぜなら投資に失敗しても、政府は経営者を罰するために、活動の規模を落とすことを事前的にコミットできないからである。これらのことから、企業を国営化した方がよい条件として、経営者の費用削減の投資が企業の生産性にあまり影響を与えないこと、さらにその財の生産により得られる正の外部性がより大きいことが挙げられる。 ところで近年の銀行業を見ると、情報技術革新と規制緩和によって、経営者のリスク管理能カがその銀行の命運を分けるようになってきている。一方、金融産業全体における伝統的な銀行業の重要性は、証券市場の発達により小さくなっていると見るべきであろう。これらのことは、銀行業においては民営企業の方が適するようになっていることを示している。1990年代に入って、民間銀行の不良債権問題に絡んだ貸し渋りで、一時的に公的金融の役割は増大しているが、公的金融の規模は現在以上には拡大すべきではないことが、本年度の研究の一つのメッセージである。
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