本研究では、家庭内で十分な子から親に対する介護が行われうるかを調べるために、子の選択する介護水準が親の望む水準や社会的に望ましい水準に比べて小さくなるか否かを検討した。さらに、公的年金や財政赤字などに代表される政策的な世代間所得再分配を考慮し、こうした政策が介護水準に影響を与える可能性を分析した。本研究の特徴は、子の介護水準を観察した後に、利他的な親が子に与える遺産額を決定するという動学ゲーム・モデルに、親が介護と遺産に関する子の選好を観察できないという不完備情報を導入した点にある。すなわち、介護に大きな苦痛を感じるタイプの子と、あまり苦痛を感じずに積極的に介護を行うタイプの子が存在するが、親はそれを区別することはできない。本研究で得られた結果は次の通りである。第1に、完備情報を前提とした先行研究の結果とは異なり、子が選ぶ介護水準が常に過少となるとは限らない。これは、、ある条件の下で、介護に苦痛を感じないタイプの方が感じるタイプよりも多くの遺産を受け取ることができ、その場合には、苦痛を感じるタイプは感じないタイプのふりをしようとして積極的に介護を行い、また、苦痛を感じないタイプは差別化を図るためにより多くの介護を行うというメカニズムが働くことによる。第2に、世代間所得再分配政策は、両方のタイプの子について遺産が内点解をとる場合には、介護水準には影響を与えず中立的となる一方で、少なくとも一つのタイプに対する遺産がゼロとなる場合には、両タイプの介護水準に影響を与える。また、後者の場合には、そうした政策がパレート改善をもたらす可能性がある。 今後の課題は、子が介護水準を決定する以前に、親が遺産配分ルールを提示するケースを考え、ルールの内容によって介護水準がいかなる影響を受けるかを検討することである。
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