本研究は地震発生場としての地殻、特に下部地殻、の性質の時間的・空間的な変化を解明しようと試みたものである。 地震の発生は地殻内の応力状態によって支配されており、下部地殻の流動が上部地殻での地震発生に大きな影響を与えている可能性が指摘されている。地殻の応力・流動状態を定量的に観測することは、地震発生場としての地殻の性質の変動の解明に繋がる。このような地殻状態の観測にはS波スプリッティングを用いた地震波速度異方性の解析が非常に有効な手法である。 本研究では、将来M8クラスの巨大地震の発生が予測されている東海地方において1986〜1999年までに発生した多数の地震を用いて、S波スプリッティングの解析から地震波速度異方性の時間的・空間的な変化を求めた。この地域では地殻内と沈み込むフィリピン海プレート内という異なる深さで地震が発生するため、上部・下部地殻の地震波速度異方性をそれぞれ推定することに成功した。地震波速度異方性の主軸の方向が上部地殻、下部地殻共に同一の方向を向き、共に同じ応力場により支配されていることを示した。また、下部地殻の地震波速度異方性の強さが0.5%であることを初めて観測から示した。本研究が当初意図した下部地殻の異方性の時空間変化の検出は今後のデータの蓄積を待つ必要があるが、1997年を境にして新豊根観測点では地震波速度異方性の強さが有意に変化、犬山観測点では変化が無いことを発見した。異なる深さの地震による地震波速度異方性の強さの変動の比較により、地殻最上部に時間変化の原因があることを示し、地震波速度異方性の強さの空間的な変動パターンが1997年愛知県東部地震による体積歪みの変化によるクラック密度の変化により解釈できることを示した。このように統計的にも有意かつ弾性論的にも明瞭な意味付けを行った地震波速度異方性の強さの時間変化の研究は過去に例を見ないものである。
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