収束プレート境界において地表付近で形成された岩石は沈み込み帯深部まで潜り込み、そして再び地表まで上昇する。しかし、この巨視的物質循環の具体的なメカニズム、特にその上昇メカニズムはまだ明らかではない。今回の研究では、西南日本に分布する三波川帯の高変成部に着目し、上昇の時間スケールから上昇メカニズムに制約を与えることが目的であった。今年度の成果は以下の通りである。(1)高変成部から初めて100ミクロン程度の粗粒zirconを見いだしフィッショントラック法で年代測定を行った。その結果、zirconとそれを包有する岩石が250℃まで冷却した年代は約70Maということが判った。同地域のAr-Ar法による放射年代と合わせると400℃から250℃までの冷却速度が10℃/Maである。地温勾配を仮定し、上昇速度は1〜0.5mm/yrと推定される。この推定をさらに絞り込むため、フィッショントラックのトラック長分布を測定し、より精密な熟史・年代測定を行う必要がある。この研究は現在進行中である。(2)三波川帯の高変成部は減圧(上昇)とともに昇温の履歴を示すことが岩石学研究よりよく知られている。しかし、この昇温の原因は十分説明されていなかったため、この温度圧力履歴の意義は不明であった。本研究では、二次元の数値計算を用いて沈み込み帯への板状岩体の付加による温度構造の変化を初めて究明した。その結果、板が数kmより厚ければ、付加後は熱伝導により高温のマントルに影響を受け、温度上昇が予想されることが判った(論文投稿中)。構造地質学データに基づいて、変成時の高変成部の総厚は6-15kmと推定される。この値から温度上昇がかかる時間を1〜2Maと計算した。しかし、昇温と同時に10〜15km相当の減圧があったので、上昇速度は5〜15mm/yrとなる。上述をまとめると、三波川帯高変成部の上昇を前期と後期と二つの異なる時期に分けられ、各推定蔵相速度は数mm/yrと1mm/yr以下である。後期は浸食や伸張テクトニクスの影響で説明できるが、前期は高速で、浮力による流動などのプロセスが働いたことを示唆している。
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