二つのフタロシアニン環が層状に重なった構造を持つ金属錯体ではいくつかの安定な電荷種を取りうる。そのうち最も安定な中性種では二つの環に非局在したホールを持つπラジカルとして存在する。この錯体群は固相中においては化合物半導体として挙動し、その電気伝導性はホールのホッピングにより生じる。この錯体を単位とする集合体構造を研究するためにまず二種類の超分子構造を形成する15-クラウン-5エーテル修飾希土類フタロシアニン二量体を合成した。一つは架橋部位が4つあるテトラクラウン体で、四回回転軸を共有する固定した構造を取ると予想される。もう一つは架橋部位が一つのモノクラウン体で、この場合二つの錯体の相対位置に関して回転の自由度を持つ超構造が得られると予想される。実際にこれらは溶液中でカリウムイオンを加えることで超分子構造を生成し、電子三重項を示すESRスペクトルが観測された。テトラクラウン体では垂直に積層した構造を形成し、モノクラウン体ではフタロシアニン面の一部分だけが重なった積層構造を取ることを理論計算によるESRスペクトルのシミュレーションにより明らかにした。この計算により、回転角が増加するに従って二つの錯体間の交換相互作用が負から正に逆転することが分かった。テトラクラウン体からなる超構造では一重項が、モノクラウン体からなる超構造では三重項が基底状態であることを明らかにした。テトラクラウン体ではカリウムイオンの添加による吸収スペクトルの変化が観測されたが、モノクラウン体では観測されなかった。これは前者では後者に比べてクラウン部での錯形成による構造のゆがみが大きいためであると結論した。
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