研究概要 |
申請者がこれまでに微生物より単離した11種類のケトエステル還元酵素の内の幾つかを単離精製し,α位に非対称な二級の置換基を有するβ-ケトエステルの還元反応を検討した. 多くの酵素には還元活性が無かったが,パン酵母由来のケトエステル還元酵素YKER-Iに還元活性が認められた.そこで,α位の置換基が2-ブチル,1-フェニルエチルおよびその置換フェニル誘導体のβ-ケトエステルや2-アセチル-3-メチルグルタル酸ジメチルを合成し,YKER-Iを用いて還元反応を行い,生成物の立体化学および立体選択性を決定した.生成物のヒドロキシエステルには三つの連続する不斉炭素があり,水素化ホウ素ナトリウムの様な通常の還元剤を用いると八種類の立体異性体の混合物が得られる.α位の置換基が2-ブチル,1-フェニルエチルおよびその置換フェニル誘導体のβ-ケトエステルをYKER-Iで還元すると(2R,3S,1'S)体と(2R,3S,1'R)体のみが立体選択的に得られた.置換基が1-フェニルエチルおよびその置換フェニル誘導体の場合は,得られたジアステレオマーの混合物はシリカゲルカラムクロマトグラフィーで容易に分離精製ができるので,三連続不斉炭素を有するβ-ヒドロキシエステルの合成法を確立することができた.生成物の絶対立体配置は4-ブロモフェニル誘導体のヒドロキシエステルを3,5-ジニトロ安息香酸エステルに誘導して結晶化し,臭素原子の異常分散を用いたX線結晶構造解析により決定した.また2-アセチル-3-メチルグルタル酸ジメチルのYKER-Iによる還元では,生成物は(2R,3S,1'S)体の一種類のみであった.生成物の立体配置は酸触媒を用いてラクトン化しNOESYスペクトルにより決定した.この結果は,本酵素が反応点およびその近傍の三つの連続する不斉炭素を厳密に認識し,全くのラセミ体の化合物から一段階で三連続不斉炭素を有する化合物に変換できる能力を有している事を示している.
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