水は大変優れた反応剤であり、これを有効に利用した反応は、経済性、安全性、環境への影響などの点から理想的な物質変換法になりうる。なかでも末端アルキンの水和は、アルキンのカルボニル化合物への変換反応として重要であり、古典的な水銀を用いる手法にくわえ、各種の金属触媒が開発されてきた。 一方、この反応は19世紀以来、マルコフニコフ則に従う典型例として知られてきた。生成物としてはメチルケトンのみが生成し、アルデヒドは得られない。教科書にも掲載されている、学部レベルの有機化学の常識である。 今回、本研究により、この有機化学の常識を覆すことができた。ある種のルテニウム錯体を用い、末端アルキンを反マルコフニコフ的に水和し、アルデヒドが優先的に得ることに成功した。具体的には2価ルテニウムの触媒前駆体[RUCl_2(C_6H_6)]_<12>に4当量のホスフインPPh_2(C_6F_5)あるいはP(3-C_6H_4SO_3Na)_3を作用させたものが、触媒として有効である。アルデヒド対ケトンの比は最高67/1に達する。単純な末端アルキンをはじめ、ハロゲンやエーテル結合を有する数種類の基質がアルデヒドに変換できた。 本変換反応が成功した原因は、アルキンの極性転換をうまく行うことができたたためである。通常の水和反応では、アルキンはサイドオン型で配位し、1位より2位の炭素がより陽性になっている。本反応では、サイドオン型ではなく、アセチリドを経由したのちにビニリデン型の中間体を経ると考えている。このとき、アルキンの極性が反転し、1位の炭素がより陽性になる。このため水分子が1位を求核攻撃し、アルデヒドが生成する。この反応機構を支持する結果が、重水素を用いた実験より明らかになってきている。また、本反応は、水素やエチレンなどの配位性小分子により加速されることもわかった。引き続き、詳細な検討を行っている。
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