研究概要 |
北海道大雪山系の高山帯で,高山植物実生の発生時期と生存パターンについての調査を2年間行った。また,現地で採取した10数種の種子を用いて実験室内で発芽試験を行い,発芽の温度特性を比較した。野外での観察の結果,雪解けの早い風衝地植物群落では生育シーズンを通しての発芽が認められたのに対して,雪解けの遅い雪田植物群落では雪解け直後に発芽が集中していた。風衝地では生育シーズン初期の乾燥による死亡と越冬期の死亡が高かったが,雪田環境では発芽実生の死亡率は低かった。実験室での様々な温度制御下での発芽試験の結果、風衝地植物の発芽は種内においても様々な温度特性を示したのに対して,雪田植物の発芽はある温度域に集中していた。また,一般に風衝地植物の発芽開始積算温度は雪田植物に比べて低い傾向が認められた。これらの傾向は,風衝地から雪田まで広い分布域をもつミヤマキンバイの個体群間でも認められた。以上の結果より,風衝地は植物にとって変動環境にあり,生育シーズン初期の乾燥や冬季の死亡率が実生の定着を制限していることが推測された。早く発芽した実生は乾燥による死亡の危険性が高いが,長い生育期間を確保できるために根茎の発達がよく,冬季の死亡の危険性が低いというトレードオフの関係が認められた。このような環境では,発芽時期に変異を持たせる危険分散によって,実生集団の絶滅確率を低くするような発芽パターンが適応的であると考えられる。異なる積雪環境にある個体群間では,発芽特性に作用する選択圧が異なっていることが本研究によって示唆された。
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