半導体結晶中の転位は拡張していることが知られているにもかかわらず、その降伏現象には交差すべりが伴うことが実験的に確かめられている。降伏応力、すなわち転位の長距離の運動を可能にする応力は、転位がパイエルス・ポテンシャルの尾根を乗り越えるために必要な応力である。このとき転位線はその全体が一気に尾根を越えるのではなく、一部分が弓形に張り出して尾根の向こう側に届き、他の部分がそれに追従して乗り越えると考えられている。この弓形の部分をキンク対という。我々の興味は、ある応力下で熱振動によりキンク対が形成され、キンク対エネルギーの鞍点を越えてその幅を無限にまで広げられるかにある。従来、体心立方金属やイオン結晶のように転位が拡張しない物質では、キンク対エネルギーは線張力近似を用いて求められ、降伏応力の温度依存性などを十分に説明してきた。ところが、積層欠陥エネルギーの低い半導体や面心立方金属中の転位のように2本の部分転位に拡張している場合には、部分転位間の相互作用を考慮しなければならないために、もはや線張力近似は使えない。本研究では部分転位のキンク対の形状を簡単な形状で近似し、転位の各部分間の相互作用を考慮してキンク対エネルギーを求め、応力下での拡張転位の挙動を調べる。平成11年度は各々の拡張転位上に三角形近似したキンク対を配置し、鞍点でのエネルギーを求めた。鞍点においては各部分転位上のキンクの形状はほぼ合同であることがわかった。鞍点エネルギーの外力依存性は、半導体結晶の降伏応力の温度依存性曲線を定性的に再現した。
|