本研究では、ラットの甘味応答を特異的に抑制するペプチド(グルマリン)を用いて、甘味受容体を単離・精製することを目的とした。このペプチドの疎水性アミノ酸をグリシンに置換すると、甘味抑制作用が消失することが判明したので、天然型グルマリンとそのグリシン置換型誘導体をツールとして実験を進めた。味蕾のホモジェネートを電気泳動し、ニトロセルロース膜にブロッティングした後に、ビオチン化グルマリンと結合するタンパク質の検出を試みたところ、分子量60、45、及び32KDaのバンドが確認された。これらのタンパク質は、グリシン置換型誘導体を用いた場合にも検出されたので、甘味受容体かどうか判断が付かなかった。そこで、甘味受容体の発現が亢進するような状況を作り、このバンドが強く検出されるようになるか否か検討した。 寒冷環境下で飼育すると、炭水化物の嗜好性が高まるので、甘味受容体の発現亢進が予想された。しかし、寒冷馴化後のラットでは、塩味に対する応答性が増大したものの、甘味応答には変化がなかった。一方、視床下部性肥満ラットでは、味覚神経の甘味応答が顕著に増大していることが見出された。これは、肥満状態で甘味を渇望する行動を反映する変化であると推察された。肥満ラットの味蕾に対して、グルマリン結合タンパク質の検出実験を行ったところ、3種類のタンパク質はいずれも正常動物より増加していた。新たなバンドの出現はなかった。このことから、60、45、及び32KDaのタンパク質は、甘味の受容と密接に関連するものであることが示唆された。表面プラズモン共鳴バイオセンサーによる検出を試みたが、グルマリンとこれらのタンパク質の結合は、界面活性化剤の存在下では阻害されたので実現しなかった。
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