通性嫌気性菌である腸球菌には呼吸鎖がなく、酸性環境下において生体内pHをコントロールして生息するためにF_1F_0-ATPaseがH^+を細胞外に排出している。本研究ではpHに依存したF_1F_0-ATPaseの発現調節機構を明らかにすることを目的とした。まずF_1F_0-ATPaseのβサブユニットに変異があり、酸性の培地で生育できない変異株AS17と野生株について、F_1複合体に対する抗体およびF_0複合体bサブユニットに対する抗体を用いてイムノブロッティングを行い、細胞膜と細胞質におけるF_1F_0-ATPaseの量を調べた。野生株では培地のpHを8から6に低下させると、膜におけるF_1複合体、bサブユニットが共に増加した。AS17についてはpH8での発現は野生株と同レベルであったが、pH低下による変化は見られなかった。細胞質画分においては膜に比べ含量はかなり少ないがF_1複合体が検出され、野生株ではpHによる差はほとんどなく、AS17ではpH6でやや減少していた。次にF_1F_0-ATPaseの転写レベルの変化をRT-PCRにより調べたところ、pHによるmRNA量の変化は認められず、野生株とAS17との差もなかった。以上より、F_1F_0-ATPaseの発現量は転写後、各サブユニットが細胞膜上で機能するために分子集合するステップでpHにより制御されていると考えられる。一方、真核生物のシグナル認識因子の構成タンパクに相同で、細菌の膜タンパクの挿入過程への関与が示唆されているFfhが腸球菌F_1F_0-ATPase量のpHによる調節に関わることが考えられた。細菌のffh遺伝子の配列をもとにプライマーを設計し、腸球菌の染色体DNAを鋳型としてPCRを行った結果、1.2kbのDNA断片が増幅された。この一部の塩基配列を決定したところ、連鎖球菌(S.mutans)のffh遺伝子の配列と高い相同性が認められた。今後、この遺伝子の発現に異常をきたす変異株を分離し、酸性の培地での生育およびF_1F_0-ATPaseの分子集合について解析を進める予定である。
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