本研究では継続的・反復的な質の高い練習(deliberate practice)の蓄積とそれを可能にする幼少・青年期の社会・文化的環境が才能の形成に決定的な影響を与えるというエリクソン(K.A.Ericsson)のエキスパート理論に基づき、選手が卓越した競技力を獲得するに至る経緯を、スポーツに関与した量的かつ質的な総量と環境要因に注目し詳細に描写しつつ分析を行った。全国あるいは国際レベルの大会出場経験を持つ日本の一流スポーツ選手およびそうした選手を指導しているコーチ、過去に指導していたコーチ、さらに選手の親への詳細なインタビュー(in-depth interview)の結果を定性的データ分析法に基づき、遺伝的要因、努力要因、意欲要因、人的環境要因、及び物理的環境要因について才能発達段階ごとに分類し分析を行った。本件究により、選手の卓越した才能発達プロセスに関し下記5点が明らかにされた。1.スポーツ導入期における楽しみの体験がその後の専門的練習への動機づけという形で大きな影響を与えている点がエキスパート選手の幼少期の特徴としてあげられる。2.継続練習年数の平均は約10年であり、エリクソン等による10年ルールが日本のエキスパート選手においても適用可能である点が指摘される。3.高度に構造化された計画的練習であるdeliberate practiceの総量の平均は約1万2千時間であり、この点においてもエリクソン等による1万時間ルールが支持された。4.エキスパート選手においては幼少期からdeliberate practiceを可能な限り保証するする形で、コーチや親からの支援といった人的環境及び質の高い練習への利便性という物的環境が整えられている点が明らかにされた。5.日本のエキスパートスポーツ選手の才能発達において遺伝的要因が必ずしも決定的要因ではないという仮説がある程度支持された。
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