運動時に必要なエネルギーの多くは、生体酸化により得られ、これを行う細胞内小器官であるミトコンドリアの能力が、エネルギー供給能力を決定すると考えられる。従来、ミトコンドリアの能力は、組織あたりの数あるいは密度などにより評価されてきたが、本研究では、1個のミトコンドリアの能力あるいは活性に注目した。それは、ミトコンドリアには独自のDNAが存在し(以下これをmtDNAとする)mtDNAは、塩基置換などにより非常に高頻度で変異を生じることから、ミトコンドリアDNAにコードされる、電子伝達系の酵素群の構造タンパク自体が、個体ごとに異なる結果、ミトコンドリアの活性にも影響を及ぼしている可能性があると考えられるからである。 本研究では、mtDNAの12406番目の塩基に突然変異をもつ被験者と、もたない被験者について、ミトコンドリアの酵素活性、酸素消費能力などについて検討を行った。この部分は、電子伝達系の複合体Iのサブユニットをコードし、変異によりバリンがイソロイシンに置換され、日本人の約5%がその変異をもつことが知られている。それぞれの被検者より得た血小板を、mtDNAを薬剤処理によって人工的に消失させた細胞に融合させる。すると、融合細胞のミトコンドリアは、核DNAは融合細胞由来、mtDNAは各被検者由来となる。この細胞について、細胞の酸素消費能力、シトクロムオキシダーゼ(mtDNAによってコードされる)、電子伝達系複合体I+IIIの活性の比較を行った。なお、mtDNAの変異の有無は、mtDNAの12406を挟む領域をPCRにより増幅し、制限酵素HincIIによる切断の有無から変異を判定した。 その結果、変異をもつ被検者が2名得られ、統計的な有意差は検定できなかったものの、酸素消費、各種酵素活性については、変異の有無による著しい差はみられなかった。また、運動能力についても、著しい差はみられなかった。
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