ヘモグロビンの酸素結合には強い協同性がある。この協同現象は、2状態モデル的なT-R転移で説明される場合が多い。しかし、この考え方には疑問がある。ヒトヘモグロビンのR状態の酸素親和性は溶液条件によらずほぼ一定値をとるが、T状態の酸素親和性は溶液条件に依存して約100倍も変化してしまう。このT状態の酸素親和性変化の原因についてはまだなにも分かっていない。今回、この問題をはっきりさせるため、いくつかの溶液条件のT状態デオキシヘモグロビンの構造をゾル・ゲル包括で固定し、酸素平衡曲線を測定した。その結果、T状態ヘモグロビンの中に酸素親和性の大幅に異なる二種類の状態が存在することが分かった。即ち、T状態の酸素親和性の最低値を持つ状態と最高値を持つ状態が平衡で存在し、これらの存在比が変わることでT状態の酸素親和性変化が起こっているようである。 ゾル・ゲル包括でとらえられた二種類のT状態の存在の裏付けをとるため以下の研究を行った。先ず、酸素親和性の低い色々なヘモグロビン(異常ヘモグロビンや金属置換混成ヘモグロビン)の溶液の酸素平衡曲線のデーターを再検討した。その結果、ヒトヘモグロビンの酸素親和性には共通の最低値があることが分かった。即ち、ヒトヘモグロビンには"最低親和性状態"が存在する。この状態が、ゲル中で見つかった"T状態の親和性の最低値を持つ状態"に対応する。また、この状態の酸素親和性は、デオキシヘモグロビン結晶の酸素親和性(結晶中では協同性は無い)と定量的に一致する。したがって、ヘモグロビンの"最低親和性状態"の構造は、デオキシヘモグロビンのX線結晶構造で与えられると考えるのが自然であろう。現在、ゲル中で見つかったもう一つの酸素親和性の高い方のT状態の構造的基盤を求めて研究を行っている。
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