古くからモザイク卵として知られるホヤの卵には、発生過程の多くを卵内の母性因子に依存する。当研究室で卵内に局在するmRNAとしてシグナル分子であるWnt-5を見出したことは、モザイク卵の発生機構を考える上で、これまでに提唱されてきた局在転写因子モデルに加えて新しい分子カスケードのモデルをつくる必要を生じさせることとなった。見出された母性Wnt-5は、これまでの研究から胚の前後軸形成に必須な領域に局在することから、Wnt-5のシグナル伝達とホヤ胚の軸形成との関係が予想された。また、胚のゲノム由来のmRNAは尾芽胚期において、Wnt遺伝子としては例外的に脊索特異的発現をする。本研究では、ホヤの初期発生過程においてWntシグナリングがいつどこで働き、どのような作用を及ぼしているのかを明らかにし、軸形成その他の初期発生過程における母性mRNAの役割と、脊索形成における胚性のmRNAの役割を解明することが目的である。現在、卵内に蓄積されたmRNAをアンチセンスオリゴで破壊した上で発生させたときの効果を見つつある。また、胚に注入したホヤのWnt-5の効果をβ-カテニンなどを注入したものと比べてみると明らかに異なったことから、他のWnt分子で明らかにされているオーソドックスな伝達経路であるβ-カテニンを中心としたものとは異なるシグナル伝達系を介していることが示唆された。さらに、注入胚の多くで観察された尾部の形態形成異常は、As-T遺伝子プロモーターを用いて脊索特異的にWnt-5を発現させた時に再現されたことから、母性Wnt-5の過剰な効果というより、脊索でWnt-5シグナルが正常胚のレベルを超えて過剰に発現することによるものと判明した。このことは当初に期待していたこととは異なるものの、今回の研究から脊索の伸長にともなう尾部の形態形成過程にWnt-5シグナルが関わっているという新たな知見が得られた。
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