シナプス可塑性の長期的な相(LTPは短期的な相だと考えられる)では優れたモデル系がないため、どのような分子がどのような役割を担っているか分かっていない。本研究では記憶の固定のメカニズムに迫るためにて既存の装置で成立するLTPに引き続いて起こると考えられているシナプス新生などの形態変化を顕微鏡下で生きた細胞で観察し、長期記憶のモデル系の確立を目指す。 材料には分散培養と急性切片の両方の長所を兼備する脳切片培養を用いた。神経細胞の生体染色を行うために、LTP誘発時に神経細胞特異的に発現することが報告されている前初期遺伝子zif/268のプロモーターの下流にgreen fluorescent protein(GFP)遺伝子をつないだものを組み込んだアデノウイルスベクターを作製した。ラット海馬切片培養で感染させた導入遺伝子GFPを発現させるための至適条件(感染方法、ウイルス濃度、刺激条件など)を検索したところ、ウイルス液を培養表面に滴下するだけではベクターが標本の中まで浸透しないので、ガラス微小管を用いて目的の部位に圧投与する必要がある事が分かった。また、LTPを誘発する薬理刺激であるforskolin 10μM(アデニレートシクラーゼの刺激薬)投与でGFPの産生が起こった。したがって、今回作製したウイルスベクターは刺激依存的な生体染色を可能にすることが確認できた。一方、分散培養の系で、GFPの産生が神経細胞でのみ起こるわけではないことが分かったが、強く光るGFP標識細胞は神経細胞であることが確認できた。そこで、今後はforskolinまたは高頻度電気刺激によって発現したGFP標識神経細胞の形態変化(シナプス新生:軸索の発芽やspineの伸長等)を顕微鏡下で刻々と観察することを計画している。
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