研究概要 |
本年度は複数の健常なサルを用いて「顔」に基つぐ個体同定を要求する遅延見本会わせ課題(I-DMS課題)遂行中のサルの嗅周囲野を含む下側頭皮質前部の種々の領域から脳定位固定装置ならびに微小電極法を使用して単一ニューロン活動記録およびデータ解析を行った. I-DMS課題では,サルが固視点に固視した後,見本刺激が呈示され一定の遅延期間の後,様々な人物の「顔」からなるテスト刺激が呈示される.これらの視覚刺激は主に,サルにとって既知の人物の「顔」を,7方向(左右横向き,左右斜め向き,および正面向きを含む)から撮影したデジタル画像で構成する.サルは見本刺激と同一人物の「顔」刺激を同定することが要求される.すなわち,見本刺激と「顔」の向きが異なっても,画像の人物が同一であればそのテスト刺激は正解となる.正解テスト刺激が呈示された場合は,あらかじめ決められた行動反応(レバー押し)を行うとジュースが報酬として与えられるが,正解テスト刺激でない場合(妨害刺激)は,サルは何もせずに次のテスト刺激の呈示を待たなくてはならない.各試行では正解テスト刺激が呈示されるまで妨害刺激が複数回呈示される.また,サルにとって未知の人物の正面向きの「顔」や無意味な幾何図形パターンも対照条件として使用した. I-DMS課題遂行中のサル下側頭皮質前背側部(TEad野および一部のSTPa野)から51個,下側頭皮質前腹側部(TEav野および嗅周囲野)から28個の「顔」に応答性を有するニューロン(「顔」応答ニューロン)が記録された.下側頭皮質前背側部(TEad野および一部のSTPa野)には「顔」の向きに選択性を示す「顔」応答ニューロンが多数存在した.この中には,既に報告されている正面向きや横顔に対して選択性を有する「顔」応答ニューロンだけではなく,従来より報告の少なかった斜め45度の「顔」に対して選択的応答を有するニューロンが多数含まれていた.一方,下側頭皮質前腹側部(TEav野および嗅周囲野)から記録された「顔」応答ニューロンの「顔」の向きに対する選択性はないか,あっても非常に低かった.これら下側頭皮質前腹側部の「顔」応答ニューロン中には「顔」の既知性に感受性を有するものが存在した.すなわち,既知の人物の「顔」に,未知の人物の「顔」よりも有意に大きなニューロン応答を示したり,逆に未知の人物の「顔」に,既知の人物の「顔」よりも有意に大きなニューロン応答を示すニューロンが存在した.従って,「顔」に基づく個体同定において下側頭皮質前背側部(TEad野および一部のSTPa野)は「顔」の向きなどの「顔」の知覚情報処理に,また下側頭皮質前腹側部(TEav野および嗅周囲野)は「顔」の既知性の情報処理に関わることが示唆された.
|