暖流・寒流・寒暖流混合の三地域で生息環境の記録とともに採集したウスコケムシ類に加えて、昭和天皇とデーデルラインの標本、ロンドン自然史博物館所蔵の世界各地の標本を種間比較し、鳥頭体形質・鳥頭体の役割・生息環境の三者間の相関を検証し、進化的に考察することを目的に本研究を行った。 3年間の研究によって、ウスコケムシ属それぞれの種において鳥頭体の形態は異なり、それはおおむねその生息環境と相関するという結果が得られた。すなわち、鳥頭体の形態は生息環境への適応を表し、故に、鳥頭体の形態の比較による系統関係の推定は間違った結果を導きやすいことが示唆された。鳥頭体の形態に基づいて属内の種の系統関係を分岐分析によって仮定・類推するとの当初のもう一つの研究目的は、したがって果たすことができなかった。以上の分析結果は、必ずしもその他の種に一般化できない。なぜなら、鳥頭体の機能はコケムシのグループによって異なることが予想されるからである。今回のウスコケムシ類は鳥頭体を体表付着物除去に用いていることはほぼ確実だが、その他の属、たとえば、今回の研究で副産物として論文を書くことのできたDoryporella属ではそのような証拠は得られず、かえって鳥頭体ではなく、個虫棘が体表付着物の量を減らす重要な役割を果たしていることが示唆されたからである。一般論でいえば、コケムシ類で特異的に見られる、鳥頭体、個虫棘、卵室稜、前壁突起、口周囲構造等々の個虫付属物の形態比較は、近縁種の分類にはもちろん有用であるが、それらの機能を吟味しない限り、系統関係の推定には使うべきではないのかもしれない。
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