去年までの研究により、温帯に適応したショウジョウバエの多くは秋に成虫休眠に入り、低温耐性を高めるとともに、冬を乗り切るために必要なエネルギーを蓄積することが明らかになった。こうした適応以外にも、休眠個体は生理的に大きく変化すると考えられているが、それについての知見はまだ限られている。そこで、本年はノハラカオジロショウジョウバエを材料に、休眠個体で特異的に発現する遺伝子をサブトラクション法により単離することを試みた。休眠個体と非休眠個体からmRNAを抽出し、それぞれから合成したcDNAを用いサブトラクション法により休眠個体に特異的なcDNAをスクリーニングした。さらに、得られた遺伝子断片のライブラリーを作製し、ディファレンシャルスクリーニング、ノーザンハイブリダイゼーションによりさらなる選択を行った。その結果、休眠個体で発現が上昇する1つの遺伝子断片が得られた。次に、RACE法を用いてこの遺伝子の5′および3′末端をクローニングし、その全塩基配列を決定したところ、得られた遺伝子は3′末端に変異を持つ少なくとも4つのコピーを持つこと、しかしこの4つのコピーのコード領域(ORF)には変異がないことが明らかになった。相同性検索により、本遺伝子はキイロショウジョウバエの抗菌性ペプチドの1つであるdrosomycinと相同性を示した。ここではこの遺伝子をtrimycinと名づけた。さらに本研究ではdrosomycinをコードする遺伝子の発現をノーザンハイブリダイゼーション法により比較した。その結果、trimycinと同様にdrosomycinも休眠個体で発現量が増大することが明らかになった。以上の結果から、休眠個体はtrimycin、drosomycinといった抗菌性ペプチド遺伝子の発現を増大させ、カビなどへの抵抗性を獲得することが予想された。
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