日本の干潟に生息する代表的な巻貝類であるBatillaria属全4種について、ミトコンドリアDNA・COI領域の部分塩基配列に基づき系統解析をおこない、九州西岸で報告されていたリュウキュウウミニナ様の個体が、ホソウミニナまたはウミニナである事を示した。直達発生性のホソウミニナについて、全分布域を網羅する23地点、計470個体について、同領域の塩基配列を決定し、系統解析をおこなった。その結果、日本列島のホソウミニナ集団は、遺伝的に大きく異なる2つのグループからなり、その分布は、ほぼ黒潮と対馬暖流流域に対応し、有明海と五島列島の間および宮城県と岩手県の間に分布境界がある事が明らかになった。各グループ内には、さらに独自の地理分布を呈する計9個のサブグループが認識された。特に能登半島、北海道全域、三陸海岸に分布するサブグループは、遺伝的多様性が極端に低く、氷期における厳しい瓶首効果と、その後の急速な分布域拡大が示唆された。一方、本種に近縁だがプランクトン幼生期を持つウミニナを対象に、6ヶ所で採集した117個体について同様の解析をおこなったところ、ホソウミニナに比べ遺伝的分化の程度は低いものの、遺伝的に異なる2グループの存在が明らかになった。しかしホソウミニナの場合とは異なり、両グループの地理的分布には明瞭な差異はみられなかった。 潮間帯の巻貝類イシダタミ、クボガイ、トコブシについても同じ遺伝子領域の塩基配列に基づき、日本海集団と太平洋集団の間の遺伝的差異を検証したが、有意な差は検出されなかった。一方、短期間のプランクトン幼生期を持つサザエでは、ホソウミニナとウミニナの中間の遺伝的分化が見られた事から、海産無脊椎動物の遺伝的分化における幼生分散能力の重要性が示唆された。
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