過去の日本海に起こった大きな環境変動が、様々な生物学的特性を持つ海洋動物に、どの様な影響を与えたかを明らかにする事を目的に、深海性底魚と浅海の巻貝類を主な対象として、太平洋集団との比較を通じて分子系統学的手法により解析した。 日本海の最も優占する底魚種であるノロゲンゲでは、遺伝的多様性の異なる2つのグループの存在が明らかにされ、最終氷期の日本海でも、対馬海峡の近傍では、顕著な環境悪化はなかったことが示唆された。 短期間のプランクトン幼生期を持つサザエでは、黒潮と対馬暖流に対応して分布する遺伝的に異なる2つのグループが最終氷期をはるかに先立つ時期に分岐したことが推定された。一方、貝殻形態に基づき亜種とされる太平洋岸産のバテイラと日本海岸産のオオコシダカガンガラの間には統計的に有意な遺伝的差異が存在するが分化は不完全である事が示された。分岐年代の推定の結果、最終氷期後の日本海に侵入したバテイラ集団が地理的に隔離され、太平洋集団との間に遺伝的差異を蓄積したものがオオコシダカガンガラであり、自然選択又は創始者効果による形態分化が先行していると考えられた。 同じBatillaria属に属する直達発生性のホソウミニナとプランクトン幼生期を持つウミニナについて、集団構造を比較した。どちらの種も遺伝的に大きく異なる2つのグループからなるが、ウミニナではホソウミニナ両グループの地理的分布には明瞭な差異はみられなかったのに対し、ホソウミニナでは、その分布はほぼ2つの暖流の流域に対応し、各グループ内に、さらに独自の地理分布を呈する計9個のサブグループが認識された。潮間帯の巻貝類トコブシ、ウラウズガイ、クボガイ、イシダタミについても同じ遺伝子領域の塩基配列に基づき、日本海集団と太平洋集団の間の遺伝的差異を検証したが、明瞭な差異は認識されなかった。以上の結果から、海産無脊椎動物の遺伝的分化における幼生分散能力の重要性が示唆された。
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