本研究は暑熱環境下曝露時の運動時体温調節および循環反応における脊髄損傷(脊損)レベルの影響を明らかにすることを目的とした。被験者は成人男子脊損者(T3-L5)および成人男子健常者であった。各被験者は環境温25℃、相対湿度50%に設定された部屋に1時間滞在し、その後気温が25℃あるいは33℃に設定された部屋に1時間曝露した。この曝露の最後に40ワット負荷の5分間あるいは20ワット負荷の30分間アームクランキング運動を行った。実験期間を通じて、深部温の指標として鼓膜温を、また外殻温の指標として7部位の皮膚温を連続測定した。さらに、全身の循環反応を明らかにするために、心拍数および皮膚血流量(大腿部)を測定した。脊損レベルが高い脊損者(T3-T10)は低い脊損者(T11-L5)や健常者よりも、安静時および運動時とも鼓膜温および心拍数が高かった。大腿部皮膚血流量は前者では高温環境下の安静時および運動時とも増加を示さなかったのに対し、後者は健常者と同じように高温曝露時の安静時にも上昇し、運動中は時間の経過にともなう顕著な上昇を示した。これらの結果は脊損高位者の麻痺部では体温放熱のための皮膚血管拡張運動が作動していないことを意味している。皮膚血管拡張による放熱が十分でなかった結果、深部温の指標である脊損高位者の鼓膜温は脊損低位者および健常者よりも高かったのである。運動時間が異なっても脊損者の体温調節および循環反応は基本的には同じであった。皮膚血管運動は交感神経により支配されている。高位脊損者は麻痺部の交感神経支配が障害を受けており、皮膚血管運動障害に加えて発汗機能も障害を受けている者が多い。したがって、これらの障害のために放熱が十分行われることができなく、体温の上昇が起こったものと考えられる。
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